日々のこと

2014年2月4日

老料理人とコンチクショウ

世田谷中央ロータリークラブの橘会長が、例会の冒頭で
「神様に近いところに翁(老人)がいた時代があって、尊敬の対象だった……云々」と、
今の時代を憂えたことがあった。
その言葉が耳から離れないうちに、不思議な光景を目にすることとなった。

時計を気にしながら、遅いランチを摂ろうとオフィス近くの小料理屋に入ったときのこと。
カウンター越しに「コンチクショウ!コンチクショウ!」
と板長の吠える声が聞こえてきた。先客は、顔見知りの歯科医院のスタッフ5人だけ。
板長が客の前で「此畜生」とは、流石のワタシも聞き慣れない言葉に
驚きを隠せなかった。狐につままれた面持で暫く様子をみていた。
席数20程のあまり広くない店内で、板長ひとりが5人分の定食と格闘していた。
「アチッ、熱ウ~、コンチクショウ!」「この茶碗蒸し、アッチッチ~!」
レンジから茶碗蒸しが転がるように出てきたとおもったら、ガシャンと鍋の蓋が落ちる音。
加えて足を滑らしたらしい気配など尋常じゃない。
板長ひとりでお運びさんがいないのだ。勿論、私のオーダーなど聞く耳を持たない。
先客たちはクックッと下向き加減で笑い出した。

30分後、レジに居た先客たちに「スイマセンね~、おつりがないんです」と、
またしても手際の悪い板長の声。確かに料理は美味しいし、腕は良さそうだ。
なのに、あのコンチクショウ!とアッチッチ~!と釣り銭のなさは、何なのだろう。
「年を取り過ぎたら我慢するしかない」と、板長が2人だけになったときポツリと言った。
なんとなく痛みがみえてきたような気がした。
ようするに、65歳を過ぎた雇われ料理人としては、
たとえランチの時間帯を一人で仕切る環境であったとしても、我慢我慢で仕事をするしかないと。
前任の若い板長が僅か1ヶ月で辞めていったくらい、料理人の使い方を知らない店だともいう。
カラダの動きが鈍くなったとはいえ、豊富な知識と技と経験から言えば
若者たちの師となるはずの老料理人。
居場所をきちんと与えられさえしたら、
メリハリのある料理でたくさんの客をもてなし、唸らせ、店を繁盛させるかも知れないのに。
いつしか聞いていたワタシも少々腹が立ってきた。
和魂洋才で育ってきた日本人が置き忘れてきた知識と技と経験の重要性。
そして、身体カルチャーが衰えた者を疎(うと)ましく思う今のニッポンの教養のなさ。
全てがそうだとは言わないけれど、ちょっと立ち止まって見直す作業をしないと、
とんでもない国になってしまう危うさを感じた。
老人(橘会長は翁という表現をした)が、神様と近い存在で大切にされる国造りが
やっぱりニッポンには似合うと想う。

日本の伝統的な価値観を「翁」という言葉に置き換えて、
多忙なら一瞬でもいい、考えてみる時がやってきているのではないかしら。
そう、若者がキラキラした目で老人を敬える国にしたいな。

           (ジャンコ記/東京世田谷中央ロータリークラブ 週報vol,714寄稿)

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2014年1月18日

編集は紡ぐ。

編集は紡ぐ。
この言葉の意味を理解できたのは、編集歴5年目を迎えた頃でしょうか。

仕事ではいつも、たくさんの作り手さんと議論を交わします。
ときには口論になったり、悔し涙を流すことも。

イイ意味でアクが強かったり、職人肌の作り手さんといっしょに仕事をすると、
クライアントの意向と作り手さんのこだわりが衝突。
そこで板ばさみになるのが編集者なのですが、実はそのときこそが腕の見せ所。

編集者は作り手さんのこだわりを守ります。
そして、クライアントの意向を受け入れます。

絡まっているように見える2本の糸も、目指すところは同じ。
「よいものをつくりたい」
その理想型を引き出し、1本の太い糸に紡いでいくのが私たち編集の役目なのです。
絡まりが複雑なときほど、みんなの想いが強い証拠。
よい仕事になることが多く、やりがいもあります。

とはいえ、このたび会社HPのリニューアル作業では、自分の役目をスッカリ忘れていました。
ゴールへの矢印があっちこっちに向いてしまい、
紡ぐどころか絡まり過ぎて危うく自分で糸を切ってしまいそうに。
デザイナーさんを何度困らせたことでしょう…。

おわってみて気が付きました。
会社のHPをつくることは、会社への愛情を確認する作業でした。
仕事に対する覚悟を問う作業であったかもしれません。
これほどまでに、自分と真摯に向き合う仕事はひさしぶりでした。

あきらめずにおつき合いいただいたデザイナーさんと、
一言一句、数ミリ単位の論争を繰り広げた結果、
今の完成型にたどり着きました。

デザイナーの志田圭一さん、改めてありがとうございます。

「今回の編集長は志田さんだったね」と社長に言われてしまいました。
それだけ会社への愛情が深く、盲目になっていたのでしょう(笑)

反省もしつつ、感謝の想いをブログに込めて。

これからこのサイトを、大切に紡いでいきたいと思います。(トノチカ記)

ブルエノデザイン所

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2014年1月6日

2014年が明けました。

おめでとうございます。
今年も、オフィスノベンタのスタッフルームには【編集者マグナ・カルタ九章】が掲げられております。かの開高 健先生の訓示が勝手気ままに生きております。

10時出社。一杯の野菜スムージーから編プロの1日は始まります。昨年までは苦いコーヒーでしたが、今年からは健康なお肌育成のために、ミキサーが回っています。そう弊社は、全員女性です。主要メンバーは、代表“戸締り”役のジャンコ、クリエイティブディレクター&ライターのトノチカ、マツ、ハッシ―で構成されています。それぞれが個性を生かし、最終目標は“カッコイイおばあさん”になること。若手と古株のコンビネーションで、面白い仕事ができるはずと日々邁進中です。(ジャンコ記)

121 ノベンタ一同

2013年12月28日

正月を寿ぐ花「若松の七五三伝(しめでん)」づくりで年納め。

今年のノベンタ年納めの仕事は、いけばなのワークショップ。
華道家・山野上禎哲(やまのうえ よしあき)さんを講師にお迎えし、格式ある陰陽五行の立華(たてばな)を、初心者向けにわかりやすく教えていただきました。

山野上先生のお話は、「なぜ松を生けるのか」「日本における陰陽五行説とは」「神社でのしめ縄の意味」など、どれも“目から鱗”な情報ばかり。難しそうな話題を、分かりやすくお話をされる山野上先生。オックスフォード大学日本校・セントキャサリンズカレッジで一時期教えていた経験からか、ユーモアもたっぷり。

集中しているうちに、あっという間に時間が経ち、最後に金と銀の水引をかければ完成!いけばなは、見るとするとでは大違い。「松(や花)が、どう生けてほしいのか」を常に考えるので、感性が研ぎすまされます。と同時に、「いけばなは、おしとやかにするもの」と思っていましたが、けっこう力技が必要でした。

ワークショップで生けた若松は各々持ち帰り、今年は東北東を正面に、家の気の回りがよいところに飾ります。約5時間の長丁場でしたが、完成したそれぞれの立華を眺めながら、いただいた一杯のコーヒーは格別でした。(ハッシー記)

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2013年11月30日

心やさしき「棚倉美人(たなぐらびと)」に出会う1泊2日の旅」。

紅葉が見頃を迎えた11月中旬、福島県棚倉町へのバスツアー「心やさしき『棚倉美人(たなぐらびと)』に出会う1泊2日の旅」を実施しました。

城下町の跡が色濃く残り、鎌倉時代からの伝統芸能が生き続ける棚倉町。その歴史を学び、語り継がれてきた文化を実際に体験できる内容にしようと、色々な方の知識と協力を得て準備を進めてきたツアーです。

初日は、シンポジウム「棚倉藩と都々古別神社~武家文化と神仏への信仰が息づく城下町~」に参加後、300年以上の歴史を誇る長久寺で交流会。交流会では、夕食に、食文化史研究家の永山久夫先生監修の元で復元した江戸時代の御膳をご用意しました。翌日は、少し早起き。朝の茶会や乗馬を体験してから、馬場都々古別神社、八槻都々古別神社、山本不動尊をひと巡り。山本不動尊の紅葉は、目がさめるほどの鮮やかさ!お天気にも恵まれ、気持ちのよい散策となりました。最後は、みなさんと輪になっておむすびを頬張り、東京へ向かうバスへ。

初めてのバスツアー企画。慣れない作業も多々ありましたが、カメラに収められたみなさんの笑顔と「たのしかった」というお便りを拝見し、私たちスタッフは「またやりたい!」と張り切っています。(マツ記)

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